日常のゲーム化

そういうのをやるとしんどくなって来るのは分かるけど、今はそういうのが上手に向き合えているようだ。というのも空腹と、血糖値、そして胸焼けが全然連動していない自分の身体というのを知ると、色々と自分を育てるゲームみたいなものになってくる。これがフィットネスジムで体を鍛える感覚になるのかもしれないが、おっさんになると心と体が分離していくからその初めの段階で楽しみを見つけられるか変わってくるのかと思った。

そのためか、先日から実験的に1日1500キロカロリーを意識してメシを配分するというのをやっている。食う量を減らしても胸焼けするというのもこのあたりから来ている。あとは空腹になっても腹が鳴らないタイプなので良い体質だとは思うのだけど、血糖値を上げてても腹減ったという感覚になるから、自分の感覚が結構誤魔化されているというか体や自分自身のことを分かってないという事に気が付かされる。なので、満腹と感じてもオヤツが食べれてしまったり、腹が減っても食べる気持ちが出てこないなど、自分の体の危険水域が危機意識と連動していないことで、少しだけ混乱する。


PCの前に立っていると強迫観念か、何かしていないと駄目だというモードに入るため、圏外の日というのを作った。案外悪くない。

ゲームとかスマホは少しぐらいなら良いがPCは駄目だというルールにした。やることがないから家事やら掃除をする方向に身体が動く。アニメもそれほど好きではないからNetflixにかじりつくこともない。テレビも最近は引っかかりニーチェをみるぐらいで、薄い社会との繋がりがどんどん薄くになっていくのを感じながら静かな夜を過ごす。


Amazonだと2000円で売っているのがダイソーで100円、みたいな現場に遭遇するとこだわる前のライフスタイルにマッチングするのかという評価だとちょうど良いことが分かった。使って便利だけど耐久性に問題があれば、しっかりしたモノを買えば良いという段階を踏めば欲しいものも明確になる。


知り合いに紹介されておっさんなのに成年マンガを見る。「夏の日の失恋/オオサキ」。

エロよりも、人の情緒の描き方が凄かった。

見てはいけないものを見てしまったような感じで、今まで心の底で蓋をしていたものが開いてしまった。関係者や当事者だったら、見ないようだとか信じたくない部分を美しく具体的に描いたような作品だ。「あれはあれ、これはこれ」という多くの女性が持つ分かり良い意識を持つヒロイン、自分を投影させたくなる冒頭の男子生徒、そして男子生徒。それぞれが別の人生を歩んでいる。成年マンガだと読者をもてなす方向で描かれるが、そういうのではなくて、舞台に目撃者として読者を投げ入れるような空気感で描かれている。

思春期に感じていた疎外感みたいなものをフラッシュバックで蘇ったから、一気に関係ない所まで心の何かが蘇った。親からの祝福もなくなり、独り立ちして歩き出さないといけないプレッシャーと不安の中で、見えていた物事を思い出した。

2回目に再読しようとしたら途端に、平常の気持ちになっていたのであんまりマジマジと見るものではないなと思った。今の自分の位置からは遠く離れていて、もう二度とそういうことはないし、すべてが違うという悲しみ、それでも理解はできるという湧き上がる嬉しさもあった。



2026.01.21 / Category : 小噺