辛めのカレーの飲み物に、調整豆乳(紅茶味)を合わせた所、チャイ的な感じになるのでとても具合が良かった。
食べログでもレビュー動画でも記事でも、まず退屈な前口上から始まるものが多い。
しかも驚くほど同じ型だ。あの足並みの揃い方に、妙な気味悪さがある。
面白い導入ならまだいい。
けれど実際は、飛ばしても何も失わないものが大半だ。読者に必要なのは前置きではなく、本題だろうと思う。
あれは何なのかと考えていた。ChatGPTにも聞いてみた。
自分の立場や価値観を先に置いて、以後の読み方を先回りで指定する。そういう機能はたしかにあるのだと思う。最初に枠を作ってしまえば、その後の粗さも「この人はこういう観点だから」で回収されやすい。
ただ、そのやり方が過ぎると、レビューではなく、読み手への誘導になる。ラーメンの話を読みたいのに、なぜ先に書き手の自己演出を読まされるのか。モバイルバッテリーを知りたいのに、なぜまず書き手の世界観に同意させられなければならないのか。
前提の共有が必要なことはある。
それでも、毎回同じように保険をかけるくらいなら、条件だけ簡潔に書いて本題に入ってほしい。
少なくとも、読者が見に来ているのは、たいてい書き手そのものではない。
持病があれなので、断酒気味になっているがそのおかげで体調自体はそんなにブレずに済んでいてとても良い。
残念なのが、気が大きくなってレモンなどを買っては酒ではなく何かのごまかしで使うことが殆どになってることだ。ビタミンCはそこそこ潤沢に摂取できている。
一昨年、消耗品感覚でワークマンのユーロアルティメットデュアルフーディー(リフレクトカモ)を買った。結論から言うと、寒さには非常に強いが、普段使いの上着としてはかなり癖がある。
保温性は高く、寒さに不安を感じることはほとんどない。ただ、そのぶん湿気がこもりやすく、汗をかくと内側から冷えてくる。階段や上り坂のような軽い負荷でも不快になりやすく、徒歩で使うには相性が悪かった。じっとしている時間が長い用途、たとえばバイク向けのほうがまだ適していると思う。
サイズ感も小さめで、普段より1〜2サイズ上を見たほうがいい。さらに問題だったのがポケットで、浅くて物を落としやすい。実際にキーケースを落とし、かなり面倒なことになった。この点は使い勝手として明確な欠点だった。
反射素材による夜間の見やすさには良さがある。しかし、日常的に着る一着として考えると、自分にはあまり合わなかった。
『パープル式部』を読み始めた。
1コマ単位で話が切れていくので、全体を俯瞰して読む感じにならない。そのせいか読書の速度も上がりにくく、勢いで読む気持ちよさはあまりない。
一方で、3人のしゃべくりはひたすら面白い。流れを追うというより、会話そのものを楽しむ漫画なのだと思う。しかも言葉だけでなく、絵柄でも笑いを足してくるので、情報密度がかなり高い。
そのぶん、読んでいる側は細かく揺さぶられ続ける。どこへ向かうのかよく分からないまま、目の前のカーブだけを追っているジェットコースターに乗っているようで、気づくと体力が削られていた。
面白いのは間違いない。ただ、今の自分には、その面白さよりもしんどさのほうが先に立ってしまった。
こまめな掃除機ほど、精神を静かにしてくれるものはないのかもしれない。
アレルギー性鼻炎をこじらせてから、掃除はただの家事ではなくなった。
一人暮らしにしては不釣り合いなくらい、掃除道具にこだわるようになったのも、そのせいだと思う。
それでも、いろいろ試した末に残るのは、結局いつも同じだ。ウエーブで埃を取り、掃除機をかけ、水拭きをする。この地味な手順に勝てるものが、あまりない。
洗剤も万能ではない。レンジ汚れに決定打はないし、風呂場の水垢だけを都合よく消してくれる薬も、そう簡単には見つからない。だから最後は、特効薬ではなく、手を動かすほうへ戻っていく。
タイ土産の食べ物が、どんどん「ハズレ」という結論になっていく。
今回そうなったのは、タイ産の味の素のトムヤムクン粉末だった。香りが妙に化学っぽく、そこでかなり気分が削がれる。辛さはあるが、酸味が弱く、全体としてはおすすめしづらい味だった。また飲んだ時の印象を伝えると、食べた直後に手前に大きなぼんやりとした工場があって、それを迂回して食品の味を摂取しにいくようなイメージだ。
自分はもともと、ココナッツミルクを入れない、あっさりして輪郭の立ったトムヤムクンの味で育っている。なので、こういう方向の味ではない、という気持ちが先に立つ。
結局、トムヤムは瓶詰めのペーストタイプの素を使うほうがましだと思う結論になった。油を入れすぎなければ辛さも調整しやすいし、まだ自分のほしい味に近づけやすい。酸味と辛味のバランスは重要なのだ。
アフリカのエアロビクス音楽が、最近妙に面白く聞こえるようになった。
あの流れには、南米のサンバ・エンヘードに似た、長く続いていくリズムの感覚がある。けれど、よく聴くと、メロディーとハーモニーが美しく組み上がっているというより、反復そのものが音楽を支えている。そこに気づいてから、少し気が楽になった。リズムだけを取り出せば、これはただアフリカのビートなのだと思えばいい。
アフリカの音楽は、メロディーもより素直で、直接的だ。日本の音楽のように展開で引っ張るのではなく、似たような旋律と流れが長く続いていく。でも、その繰り返しは退屈ではない。むしろ、感情を語りすぎず、身体だけが先に理解していくような感じがある。その肉体的なところが、今は面白い。
色々と変なことを調べていると、どうでもいいことを知る。
今は「ザ・女教師」みたいな、そのまま成立するキャラクターがほとんどいないように見受ける。
それっぽい格好をしたものはあっても、だいたいはアニメか何かのキャラを借りたコスプレになる。
属性だけで立っている、いわば正装のキャラクターが見当たらない。昔から大して中身のある類型ではなかったのかもしれないが、思った以上に何も残っていない。
少し掘るだけで、廃墟みたいな景色が出てくる。
YouTubeで古い家を紹介する不動産動画を見ていたのだが、印象に残ったのは物件よりコメント欄のほうだった。「防犯が不安」「水回りがきつい」「断熱性が低そう」「東京でもないのに家賃が高い」「自分には無理」。
似たような反応が並び、全体としては物件の検討というより、新築でないものへの拒否感の発表会のようになっていた。古い家を紹介している場で、最新設備がないことへの不満を延々と重ねられると、さすがに偏りが強い。見ていて、やんわりと営業妨害のようにすら感じた。
結果として、動画の内容よりも、コメント欄に溜まった負のオーラのほうがよほど強いコンテンツになっていた。








